友達が卒論を書いてるんだけど、色々遅いから早く終わらせて遊ぼうぜって言うんだけどなかなか終わらない。
いや、マジでそんなもんのクオリティ上げても意味ないだろ。
どうせ卒業できるんだし、就職も決まってんだし、どんなひどい出来でも大丈夫だからって言ってもクオリティを上げようとする。
なぜ物事を損得で考えなることができないのか。
出来のいい卒論を書いて教授に褒められることになんの意味があるのか。
どうせ一生会わないんだから、クゾバカにされても10分時間を短縮できた方がいい。
【その人に褒められることの価値】が金銭的にどのくらいか、測れない奴は永遠に時間を無駄にするし、貧乏暇なしみたいな状態になる。
仕事においてもほとんどの場合、褒められても怒られても金銭的に影響しないことが多い。
重要なのは、どこまでなら怒られても金銭的な影響がないか、誰に褒められても金銭的な影響がないかという見極めだ。
お客様の笑顔がみたいです!
とかすごく下らなくて、そういうのは趣味とかボランティアでやればいい。
お客様に褒められました!
お客様に喜んでいただきました!
これも同様に下らない。
例えば飲食店なら、客が喜べはリピーターになるかもしれん。
でもどうせ喜ばせるなら、その本人一人だけをリピーターにしても効果は薄くて、その喜びをすぐにFBで共有してもらえるような仕組みを作るとか、すぐに食べログにいいコメントを書いてもらえるように誘導するとか、そういう仕組みを作れば、喜ばせがある程度の金に変わるかもしれん。
ありがとうって笑顔で言われりゃ嬉しいけど、それで喜んでたら金は儲からんと思う。
その客のありがとうの気持ちをどうやったら金に変えれるか。
その出口まで通路を作ったうえで、客に奉仕せんと、どんどん貧乏暇なしになってくと思う。